伊豆大島の海には多様な動物が生息しています。これらの動物を観察し、比べることから、動物、さらに人間、そして生命とは何かについて考えてみましょう。
動物にとって、脳・神経は何のためにあるのでしょうか。この疑問を考える時、自分自身を含めたヒトのことで浮かぶのは、身体を動かし、考え、計算し、学び、記憶し、創造し、想像し、喜怒哀楽、愛憎、の感情を生む・・・などのことです。
このような「人間らしさ」を持つ点で、ヒトは生物の中では非常に特殊な存在です。それゆえ、ヒトのことだけを考えたのでは、「生物としての共通点」を見落としてしまうことがあります。ヒトは、脊椎動物、脊索動物門の多様な種のなかの1種類で、脊索動物門の30以上ある動物のグループ(門)の一つに過ぎません。脳・神経をもつ動物はヒトだけではないのです。
そこで、生き物に共通する「神経・脳」を多様な動物で観察比較して、その役割に注目して考えてみましょう。
では、多様な動物がいる潮の引いた磯に出かけましょう。
動物によって、以下のような神経と脳の発達の違いが見えてきました。
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エビやカニ、巻貝やウミウシ、ゴカイなどはヒトと同様な神経を持ち、頭には神経の集中した脳がある。
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イソギンチャクやクラゲも神経を持つが、その神経は体全体に網目状に広がっており、神経の集中した脳はない。
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カイメンは神経を持たない。
動物の神経と脳の発達の違いは、これら動物の栄養の取り方と体のつくりとに関係しています。
カイメンには消化管が無く、したがって口も肛門もありません。カイメン動物のことを英語で“スポンジ”といいますが、体は文字通りスポンジ状で、栄養を含む海水は直接カイメンの体全体に流れ込み、栄養が供給されます。
一方、イソギンチャクやクラゲは大きな餌を捕らえ、口(=肛門)から消化管に入れて消化し、栄養を体の中を流れる体液の中に吸収します。消化した残りは肛門(=口)から排泄されます。このような消化管を持つ動物に神経がみられるのです。
神経は、消化管に入った食物の堅さや種類を感じ、それを適確に消化できるように判断し、消化管を動かします。このことは、ヒトの消化管でも全く変わりません。我々の消化管では「第2の脳」とも呼ばれるほどの沢山の神経で、複雑なネットワークを作っていることが知られています。
イソギンチャクやクラゲは、口と肛門が一緒ですが、エビやカニ、巻貝やウミウシ、ゴカイなどは、我々ヒトと同様に口から肛門まで消化管が一方通行になっています。
より良い食物を探し、捕らえるために、目や触角、味覚器や嗅覚器などが口のある頭部に集中しました。それらの情報を処理するために神経が集まり、脳が形成されたと考えることができます。実際に、脳はヒトを含むすべての動物の口の近くにあります。
どんな動物でも生まれつき備えている脳の働きだけでは、この多様で複雑に変化する地球の環境を生き抜くことはできません。
環境の変化に応じて、動物は対応を変えること(たとえば、食べ物の探し方など)が必要です。それには脳によって行われる学習・記憶が重要になってきます。
潮が引いた磯で良く見かけるアメフラシは、マウスやモルモットに並んで、脳研究、特に最も興味深い、記憶や学習のしくみの研究のモデル動物です。アメフラシは比較的単純で研究に適した脳を持つことから、学習・記憶の神経機構の原理を探るための有力な実験動物になっています。
神経を持つ動物は、どれも生きるために学習をしていると考えられますが、どのような学習をしているのかを実際に見つけ出し、実験室で再現させ、そのしくみを調べることは容易ではありません。ではアメフラシはどのような学習をするのでしょうか?
最初に調べられたものが「慣れ」という学習です。「慣れ」は、同じことの繰り返えしを経験すると起こります。例えばイソップ童話のなかで、少年の「狼が来た」という叫び声を繰り返し聞かされる経験をすることで、村人はやがて「慣れ」を起こし、驚いて逃げようとはしなくなりました。
アメフラシは、例えば波で大きく揺れた海藻が当たるなどの接触刺激を受けると、体全体を縮めるとともに、大切な呼吸器官である鰓を体の中に引き込める反射「鰓引き込め反射」を起こします。しかし、周期的な波の動きでおなじ海藻による刺激が繰り返されると「鰓引き込め反射」の大きさは次第に小さくなり、やがて起こらなくなってしまいます。すなわち「慣れ」を起こします(ちなみに、天敵に襲われたときの様な強い、危険な刺激に対しては慣れることはありません)。狼少年の叫び声を繰り返し聞いた村人の脳の中では、繰り返して少年の声を聞いたという経験が「記憶」として残り、これによって「慣れ」の反応を示しました。
では、村人の脳に残った「記憶」とはどのようなものでしょうか?残念ながら、数百億個と言われる神経細胞(ニューロン)からなる複雑な脳の中のメカニズムは、まだ正解には明らかにされていません。一方、同じように学習をすることができるアメフラシの単純な脳・神経系を調べることで、「慣れ」を引き起こす「記憶」のメカニズムの原理が明らかになってきています。
「鰓の引き込め反射」では、アメフラシの脳・神経系の中の、どのニューロンが接触刺激を感じる「感覚ニューロン」で、どのニューロンが鰓の引き込めを起こす筋肉を収縮させる「運動ニューロン」であるのかがわかっています。つまり、同じ接触刺激を繰り返しを受けることで鰓の引き込め反射の「慣れ」が起こる過程で、これらの個々のニューロンの神経活動の変化を追跡することができるのです。結論的に、「慣れ」に対応する神経活動の変化は、感覚ニューロンから運動ニューロンへ情報を伝達する「シナプス」の部分で起きていることが明らかにされています。
「慣れ」以外の学習として、「慣れの解除」や「感作」(ある強い刺激を経験すると、「慣れ」がたちどころに解除される、あるいは初めの刺激に対する反応以上に大きな反射が起きるという学習)や「条件反射」なども成立し、これらの神経機構も、上記の「シナプス」での変化を基にしていることが明らかになっています。たとえば、パブロフの「条件反射」は、イヌにベルの音の刺激と餌を一緒に繰り返し与えることで、ベルの音だけで餌を与えたときと同じ反応を示すようになるという「学習」です。イヌの頭の中で起きている変化を正確に語ることはまだできませんが、アメフラシの鰓引き込め反射に関連してみられる「条件反射」に関しては、上記の「シナプス」での変化が学習のメカニズムのひとつであることが明らかされています。
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